怒濤の中に 文春文庫

怒濤の中に

著者:新田次郎
発行所:文藝春秋
発行日:昭和54年7月25日第1刷

目次

航跡・・・・・・・・・・・・・・・・5
詩吟艦長・・・・・・・・・・・103
迷走台風・・・・・・・・・・・139
砂丘の歌・・・・・・・・・・・159
渦・・・・・・・・・・・・・・・・・187
怒濤の中に・・・・・・・・・213

「怒濤の中に」本文より

「『どうです、将棋は・・・・・・』
 機関長は将棋盤から眼を離さずに春日に訊いた。
『やりますよ』
 いささかの躊躇もせずそう答えた春日に、あらためて機関長は顔を上げた。いくらか髪がちぢ
れていたが、きりっとした美男子であった。やります、と答えて、けろりとしているあたりに、
自信の程が現れていたし、将棋ならいつでもこいという挑戦の態度もその眼に現れていた。
『ほう・・・・・・』
 機関長はもう勝負の山の見えた盤上から、完全に眼をそらすと、
『一丁やろうか』
 といった。
『お願いします』
 にこりともせずに答えた春日に、機関長の髭がぴくりと動いた。ちょっとした緊張の気配が二人
の間を通りすぎた。
 機関長は将棋の盤上を整理しながら、ちらっと壁に眼をやった。その視線の後を春日が追って、
壁にかけた秋風丸将棋番付をいち早く読み取る。名人が機関長で以下九段、八段とずらりと木札
がかけてあった。」





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